*朝鮮の人権問題に関する韓国のある市民運動の論考を訳して紹介します。非常に深い洞察に基づいた良い論考だと思えます。書かれたのはおそらく、99年末か、2000年始め頃でしょう。

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朝鮮の人権について再考する

http://www.peacekorea.org/eng/index_eng.html


今日、朝鮮の人権問題が様々なグループ、つまり、何人かの学者、幾つかのメディア(特に朝鮮日報)、人権運動NGO、それに何人かの政治家らによって提起されている。しかし、幾つかの議論や活動は、「朝鮮(NK)の人々の苦しみの緩和」に対してネガティブな効果を与えているのは非常に残念なことだ。

平和的なコリアのための市民ネットワーク(CNPK)は、朝鮮(North Korea)の人権問題を再考するための特別チームを編成した。このチームは、朝鮮の人権についての幾つかの強硬路線派のアプローチを批判し、可能な最善のアプローチを探求するだろう。

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Time for some prudent light on the movement for improved human rights in North Korea

朝鮮における人権改善のための運動について多少慎重な見方をする時期

チョン・ウクシク(Cheong Wooksik、CNPK代表)著
ユ・サンヒ(CNPKボランティア)訳

最近、朝鮮における悲惨な人権状況について、公衆の関心を強く惹きつけてきた。この問題が、大いに注目の的になり始めることを示す多くの兆候がある。特に、人権について、それと韓国(South Korea)とアメリカの選挙について、関心がますます高まっているような現在の国際環境においてである。例えば、去る10月に開かれたソウルNGO会議ではこの問題に触れられた。また、朝鮮人権市民グループと朝鮮日報との共同主催で、朝鮮の人権に関する第1回国際会議が12月始めにソウルで開かれた。

朝鮮の人権に関する運動は、主として2つのことを指摘する。第1に、朝鮮の現在の人権についての実績は、危険な水準にさえ近づいていること。第2に、韓国政府や国内の進歩派運動陣営は、実際、この問題への正当な関心をはらいそこねてきたということだ。しかしながら、国際会議が採択したソウル宣言によく示されているように、関心を持つ多くの人々自身でさえ偏見を抱き、そしてまた、この問題の包括的な理解を欠いている。やはり、朝鮮における人権改善のための彼らの解決策は、事実上、朝鮮に対する封じ込め政策を採用することなのであり、そして、共産主義体制の崩壊を求めることなのである。

そのようなアプローチは、幾つかの固有の問題をおびている。第1に、それは、朝鮮における人権状況の悪化には国際社会が一部責任を負っているという事実を考慮していない。振り返って見るならば、朝鮮の食糧不足がピークに達した1994年から98年の時期はまた、(朝鮮にとっての)外的な脅威もまたピークに達した時期なのである。つまり、韓国による一方的な統一の噂、アメリカによる枠組み合意の一部の実行の失敗、朝鮮と日本との間の外交的行き詰まり、韓国、アメリカ、日本の間の同盟の強化である。言い換えれば、朝鮮の「体制」の早急な崩壊という人々の無責任な期待や願望が、朝鮮の「人民」の飢餓や大量逃亡を引き起こしたのだった。

第2に、食糧援助に人権改善を結びつけようとするアプローチは、罪のない何千という命を犠牲にして人権改善を求めるのとほとんど同様な非人道的なものだ。朝鮮の人権の危機の本質は、人々の基本的な生存権が脅かされていることにあるという事実を考慮すれば、人権運動の最も望ましいアプローチは、そうではなくて、どんなひもも付けずに積極的に食糧援助を求めることであるべきだ。

第3に、人権改善を論じると同時に、朝鮮に対する(韓国)政府の関与政策を批判するのは不合理で偽善的でさえある。関与政策の批判者たちは、朝鮮への経済援助は金正日体制の時代を長引かせるだけだと言う。そのような考えは、朝鮮に対する深く根ざした不信と偏見に基づいている。むしろ、関与政策に対する理にかなった健全な批判とは、韓国政府や国際社会からの朝鮮へのより積極的な支援を促し、北との関係を正常化し、同時に、共産主義体制の生き残りを保証し、そしてまた、軍縮面でアメリカや日本と共同の努力をなすよう促すことであるだろう。

第4に、人権運動のその種のタイプのものは、冷戦期の強硬路線派によって利用されている可能性を示している。興味深い所見によれば、人権問題に最も鋭敏な関心を示している人々とは、実際のところ強硬路線派なのである。かつて北と戦争しろと求めていた彼らが、なぜ突然、人権に関心を示すようになったのか?その答えは単純だ。彼らの目的は、北の人権の実績に異議を唱えることで関与政策にブレーキをかけ、そして、究極的に北の体制が崩壊するのを見ることなのである。この点で、その種の人権運動は、それがどのような政治的影響をもたらしうるかについての真摯な考慮がなければ、国内および海外におけるタカ派の者たちをただ支持するだけだろう。

最後に、そのような人権運動は、朝鮮の人権の実績を改善させようという純粋な国内的努力にネガティブな影響をもたらすだけだ。韓国の北への強力な要求と敵対的な政策は、朝鮮における強硬路線派を刺激し、それは次には南における冷戦勢力が一層地歩を占めるのを助けるだろう。もっと悪いシナリオでは、韓国の悪名高い国家保安法がけっして改訂されず、そして、そのことは、国内の人権市民グループの努力をより一層くじくことになるだろう。我々が保守派の議論を見てみると、これはもっともらしいシナリオだ。彼らは「普遍的な人権」の名の下に貧弱な人権の実績ゆえに北の体制を強く批判しながら、彼らはまた、「国家の安全保障は人々の道徳的良心にゆだねることはできない」と述べつつ、国家保安法の改定に断固として反対するのである。

あいにく、朝鮮の人々の悲惨な生活条件について我々のできることは非常に限られている。しかし、我々のほとんどない選択肢の中で、我々は正反対の効果をもたらしかねない人権運動に、あるいは、偽善的な政治戦略に基づくような人権運動に関与しないよう用心しなければならない。むしろ、我々がなすことができる最初のことは、朝鮮の人権の実績を悪化させることにつながる外的要因について考え、そしてまた、それを改善させる現実的な方法を探ることなのである。

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