The other Korea
A hitorian’s alternate view of Kim Jong Il’s shadowy kingdom
Drake Bennett

http://www.boston.com/news/globe/ideas/articles/2003/12/21/the_other_north_korea/

もうひとつの朝鮮
金正日の闇の王国について従来と異なるある歴史家の見方

ドレイク・ベネット
ボストン・グローブ紙
2003年12月21日

アメリカ人が朝鮮について考える時、それはいつでも僅かばかり脅威をおぼえる精神異常の国で、悪夢の中のあの世の場所のようだ。歴史家ブルース・カミングスは、それとは違った絵画を描くために彼の生涯をささげてきた。1981年と1990年に刊行された彼の1400ページ、2巻におよぶ書物、『朝鮮戦争の起源』の中で、彼は、朝鮮戦争をソ連の挑発ではなく、1945年の朝鮮半島の分断によってアメリカが余儀なくさせた内戦であると論じた。

彼の最新の書物、『朝鮮:もうひとつの国』(New Press)の中で、カミングスは、とりわけ、朝鮮戦争でアメリカは、朝鮮に「大虐殺(ホロコースト)」をこうむらせたこと、再建された国家は我々が考えるよりもずっと社会主義の楽園に近いものになったこと、そして、現在の緊張関係に責任があるのは金体制ではなくブッシュ政権だと論じている。

ボストングローブ紙(Ideas編集班)はシカゴ大学の彼の研究室へ電話して、カミングスにインタビューした。

─あなたは新しい本の中で、朝鮮は「ひとつの巨大なキブツ共同体」のようだと1991年に描いたジャーナリストのバーナード・クリッシャーを引用している。そういうやり方であなたはそこを描写しているのか?

カミングス:80年代初頭に朝鮮の人口1人当たり生産、乳児死亡率、平均寿命、それらのすべてが韓国と同等か、それ以上の水準だったということを理解することが重要だ。70年代には人口1人当たりのエネルギー消費量が韓国の倍くらいだった。

しかし、その国のエネルギー体制が崩壊し、農業部門を含むあらゆる部門を通じて波紋が広がった。その時、ソ連の終えんでロシア人たちはあらゆる援助を停止した。それから、95年と96年に起こったその国で最悪の一連の洪水で農地の40パーセントくらいが影響を受けた。94年に金日成が死んだ後、問題に対処する上で体制そのものが内部的に行き詰るようになった。朝鮮の悲劇は、自国民に食料や衣服や住宅を供給し、教育を施してきたという点で、より良い第三世界途上諸国のひとつだったのが、結局90年代後半には人間が耐えられうる最低限の水準にまで零落してしまったということだ。

朝鮮は高度に中央集権化された国家であり、その朝鮮が少なくとも数十万人の市民を餓死させ、ある世代全体を栄養不良で発育不全にさせたことは言い訳が立たないと思う。これは、その住民を動員させられないような、アフリカの幾つかの国々のような国家ではない。朝鮮はあらゆる者たちを動員させられるのだ。

─朝鮮における最近の改革をどの程度、真に受けるべきか?

カミングス:特に2000年から彼らは以前にはしなかった劇的な事をしてきた。彼らは、欧州連合、それにオーストラリアやカナダと関係を正常化したし、また、日本とも関係正常化しようとした。財貨やサービスを国家を通じて配給するという彼らの制度が本質的に崩壊した90年代半ば以来、彼らは経済において市場経済の作用が働くのを許してきた。そしてその後、2002年7月に彼らは思い切って通貨を切り下げたが、それはかつて常に著しく過大評価されてきたものだった。

─しかし、朝鮮はまた、秘密兵器計画の一部としてウラン濃縮を行なっていたことを認めたのではないのか?

カミングス:我々が言うべきことは、ただ、ジェームズ・ケリー国務次官が、朝鮮が彼に語ったという事柄、そして、後に発表された朝鮮の公式声明だけだ。ケリーは、彼らが計画を持っていたのを認めたと述べた。けれども、朝鮮がその後、述べたことは、彼らが先制攻撃の標的になっているならば、彼らは核抑止力を持つ権利があるということだ。そして、(核)拡散条約のもとでは、それは実際に正当なことだ。

メディアがきちんと指摘できていない事柄のひとつは、朝鮮は(1994年枠組み合意によって)核施設を廃棄するのと引き換えに彼らのために建設されていた軽水炉で用いうるように(自国に豊富に存在する)ウランを濃縮することに強い関心を抱いていた。外部の諸国は、朝鮮が、外部からコントロールされうる燃料やウランの輸入に依存するようにしたかったわけだが、朝鮮は彼ら自身でいくらかを濃縮してみようと考えた。しかし、(その濃縮の水準は)原爆に必要なものからは程遠いものだ。

─あなたは、朝鮮が実際に核爆弾を欲していることに懐疑的に見えるが。

カミングス:イラン、イラク、朝鮮を(“悪の枢軸”として)結びつけ、それから、イラクを侵略したことの逆説的な結果は、イランと朝鮮が彼ら自身の抑止力を開発する方向へと動いたことだ。けれども、朝鮮の声明を読んで彼らの交渉姿勢を見れば、アメリカとの和平、つまりそれは朝鮮戦争の最終的な終結を意味するだろうが、それと関係正常化との引き換えに、核兵器の点で彼らが持っているものは何でも彼らは取引して手放す方を好んでいるようだと、やはり私は考える。

その点が、彼らと関係正常化し、彼らがもはや核兵器開発計画を持っていないことを確かめ、(クリントンがもう少しでやり遂げたように)彼らのミサイル開発計画を買い上げ、そして最後にピョンヤンに大使館を設置して、そこでの実際の影響力を確保するということのいちばんの理由の中味だろう。もし我々がそうすれば、朝鮮の体制が現在の形で10年以上も長くは続かないだろうと思う。

─あなたは長年、朝鮮戦争は内戦であって、ソビエトによる権力掌握ではないと論じてきた。朝鮮の南侵決定におけるスターリンの役割の程度について、冷戦後に明らかになった事実を踏まえてどう思うか?

カミングス:私が自著を書いた時に考えていたよりもスターリンとロシア人がより多く関与していたことは事実だと思う。それは、ソ連が崩壊する1年前に判明したことであり、それらについての資料が見られるようになった。しかし、その役割は、トルーマンやアチソン国務長官が公言したほどには遠く及ばない。(アチソンは、朝鮮の攻撃を極東におけるアメリカの権益全体へのソビエトの攻撃だと呼んだ。)

また、スターリンは韓国への全面侵入を承認しなかった。むしろ、金日成との秘密交渉では、彼は38度線間際のオンジン半島とケソン市での攻撃と、体制が崩壊した場合のソウルへの進軍を承認したのだ。戦争勃発の2、3日前、金日成は、実質、「我々は38度線全体を越えて攻撃している」と伝える電報をモスクワに送り返したのだ。

その戦争は、朝鮮が1945年に分断された時から始まったという事実は依然として変わらない。1950年に至る5年間は争いに次ぐ争いだった。内紛、政治闘争、それからゲリラ戦、そして、韓国側は絶えず38度線を越えて探査していた。金日成の責任は、その内紛を通常戦争の水準にまでしたことであり、そのことについては責任は彼にあるのだ。

─いま現在、朝鮮半島での戦争の脅威はどのくらいなのか?

カミングス:もしイラク戦争が速やかに首尾よく終結していたなら、我々はこの秋に朝鮮と大きな危機に遭遇していただろう。ブッシュ政権が、もしイラク戦争が首尾よく済めば、朝鮮がリストの次だと感じていたことは全く明らかだった。今では、2004年選挙以前に、合意だろうが軍事紛争だろうが朝鮮で何か重大な事が起こりそうだとは、私は思わない。

ドレイク・ベネットはケンブリッジ市在住の記者。