朝鮮に対する食糧支援の即時再開を求めるハンクネットの声明

                                 2002年11月30日

 朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の金正日総書記は日朝首脳会談において、日本人拉致の事実を認め、率直に謝罪した。そして拉致被害者を予想以上に早く日本に帰国させた。これは半世紀以上におよぶ日朝間のさまざまな懸案を解決しようとする意志の現れであると私たちは考える。日本国民の側も、首脳会談直後の世論調査では圧倒的多数が日朝交渉を評価し、過半数が日朝の国交回復を支持していた。

 ところが、その後のマスコミ報道や一部政治家などは、朝鮮側のあら探しに終始し、あたかも日朝交渉の課題が拉致問題だけであるかのように世論を煽っている。日朝平壌宣言の第二項にある「過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのおわびの気持ち」は、どこに消えたのだろうか。首脳会談直後に小泉首相が検討するとしていたコメ支援も、話題にならなくなってしまった。

 もちろん、拉致事件の一義的責任は朝鮮側にある。被害者と家族の居住地の選択は、本人の自由意思を尊重して適切に決められるべきであるし、金銭的補償もなされるべきだ。事件の全体像の解明も、まだ十分とは言えない。しかし、この事件が朝鮮半島分断と東アジアの軍事的緊張という異常な事態の中で発生したこと、そして、その中で日本がこれまで行なってきた行為を考えるなら、朝鮮側を一方的に責め立てて問題が解決するものではないこともまた、明らかであろう。

 日本は朝鮮植民地支配によって朝鮮半島分断の種を蒔き、戦後も米軍の要請に応えて再軍備を行い、米国の核政策に協力して、朝鮮半島に軍事的緊張をもたらしてきた。また、1965年には韓国とだけ国交を結び、朝鮮にもう一つの政府があるという事実を無視してきたのである。

 拉致問題の真の解決は、二度とこのような痛ましい事件が起こらない、平和な東アジアを構築することにある、と私たちは考える。とすれば、これまでの冷戦思考にとらわれた対決姿勢や、拉致被害者を政治的駆け引きの道具に使うような人権を無視した短絡的思考を排し、日朝友好という大目標に一歩でも近づくように努力しなければならない。

 両国の和解のために、日本側は自らの主張を繰り返すだけでなく、自らの歴史的罪悪にも謙虚に向き合うべきである。関東大震災の朝鮮人虐殺、強制連行、従軍慰安婦などの犠牲者数は、いまだ確定しておらず、補償も行われていない。徴用者名簿すら引き渡されていない。半世紀以上も家族と生き別れになっている韓国・朝鮮人たちが、拉致被害者の「原状回復」を叫ぶ日本の報道をどう見つめているのか、もう少し想像力を働かせる必要があるだろう。イマジン!

 他方、日本は米国政府の対朝鮮政策とも一線を画すべきだ。米国政府はジュネーブ枠組み協定に合意しておきながら、政権が変わったとたんに朝鮮を「悪の枢軸」とみなして敵対政策に後戻りした。そうした米国のご都合主義が、朝鮮側の疑心暗鬼を生み、核開発に走らせる大きな要因となっているのではないか。東アジアの本当の平和は、私たち東アジアの諸国民によってしか作れないという自覚が必要だろう。日本は、朝鮮の核兵器開発を思いとどまらせる努力を粘り強く行う一方、米国など核大国に対しても正面から核廃絶を求めるべきだ。

 東アジアの緊張緩和のためにも、「拉致問題の解決まで食糧支援はしない」などと、経済格差を武器にした傲慢な政策は絶対に取るべきではない。日朝交渉を進める前提として、相手国たる朝鮮の人々が飢えに瀕していることを忘れてはならない。世界食糧計画(WFP)は来年も51万トンの食糧支援を国際社会に対し求めているが、日本政府をはじめ各国の支援が滞りがちなため、これまでWFPなどによって続けられてきた子どもや高齢者らへの食糧支援も縮小せざるを得ない状況にある。「兵糧攻め」によって被害をこうむるのは、第一に乳幼児、女性、老人などの社会的弱者である。さらに飢餓の影響は二世代、三世代も続くのである。こうした悲劇の連鎖は、拉致被害者家族らの本意ではないと信じたい。そして、もちろん、言うまでもなく、それら隣国の住民は、私たちと同じ人間である。

 国交を開くのは、友好のためではないか。隣国の飢えた人々を見殺しにして、どうして友好関係が作れようか。すべての東アジア近隣諸国との人道主義に基づいた友好関係は、これからの時代の日本の飛躍と繁栄のためにも、間違いなく必要になってくるはずだ。ただちに朝鮮にコメを送ろう。